物理法則から自然現象をシミュレーションするニューラルネットワークPINNsをご紹介

はじめに

こんにちは、AITCの飯干です。製造業におけるニューラルネットワークによるシミュレーションの応用に関するコンサルタントをしています。特に自然科学とAIをテーマに研究開発を進めており、今回は物理法則をもとに自然現象をシミュレーションするニューラルネットワークモデルPINNsをご紹介します。

さて、世の中には多種多様な自然現象が発生しており、研究者たちはそれらの現象を繰り返し実験して細かく分析することで、様々な物理法則を発見してきました。

たとえば、物体のある箇所に力を加えることで起きる変形や、空気や水を動かすことで起きる流れを表現する法則など数多く発見されて式として記述されてきました。それらの法則や式の多くは、発見した研究者の人名が付いています。

一旦それらの現象を表す法則が解ると、その物理法則を使って現象をシミュレーションとして再現したくなってきます。

最近では、物理現象を表す様々な物理法則をガイドにしてAIモデルを構築することができるようになりました。この物理法則をガイドにしたニューラルネットの数々を総称してPINNs(Physics Informed Neural Networks)によるシミュレーションと呼びます。今回はこの最新の物理法則をガイドにしたニューラルネットワークPINNsに関して3つのポイントについて概要を紹介します。

  ✅PINNsが登場した経緯
  ✅PINNsというAIモデルの特徴
  ✅PINNsを使用する利点と留意点

PINNsが登場した経緯

従来から自然現象のシミュレーションという分野で代表的なのは、数値計算という手法で、構造計算では構造の数値シミュレーション、流体と熱の計算では数値流体シミュレーションなどが挙げられます。その他にも電磁場、振動・騒音など数多くの分野で数値シミュレーションが使われています。

これら数値シミュレーションに対して近年、この分野におけるAIへの応用として、複数の条件と多量の結果データを用いて学習することによりAIモデルを作成することによるシミュレーションがあります。これらのAIモデルは、データを使用することからデータ駆動型のAIサロゲートモデルと呼ばれています(サロゲート=数値シミュレーションの代理)。

他のデータ駆動型のAIサロゲートモデルとは異なり、PINNsは物理法則や方程式で規定された重みをニューラルネットワークに配分し物理現象の予測やモデリングを高精度かつ高速に実現できます。

ご存じの方も多いと思いますが、従来の物理現象のシミュレーションモデリングでは、物理法則を表す方程式を行列式などを使って直接的に離散化し、数値計算するという手法が主流でした。
しかしながら、数値計算には高度な計算資源が必要であったり、事前の準備のため多くの時間を要することが不利な点とされていました。そのため、物理学者やエンジニアは、この数値計算法の他に物理法則に基づく新しい高速な予測・モデリング手法を求めていました。

最近ではAIの基礎技術と開発環境が発展してきたこともあり、ニューラルネットワークを物理現象の予測・モデリングに応用する試みが注目されてきました。ニューラルネットワークは、多数のパラメータを持つ非線形モデルであり、学習データから複雑な特徴を自動的に抽出することができます。

これまでに人類が発明してきた様々な法則に則ったAIモデルを生成することができれば、これまでに必要とされてきた膨大な数値計算データを用意する必要がなくなるのではないか?というPINNsに対する研究の波が2018年頃から起き始めまていました。

近年は大規模なニューラルネットを組むことができる環境や多数のGPUを駆動して学習する環境が整ってきましたので、俄然注目されてきたわけです。

PINNsの特徴

物理法則をガイドにしたシミュレーションでは以下のような特徴があります。

  • AIモデルによる推論によって高速にシミュレーション結果が得られる
  • 学習に際しては物理法則がガイドをしてくれるので、大量のデータが必要ない
  • 未知の物性、定数を物理法則によって逆問題として求めることができる
  • 従来の数値シミュレーションの前処理(対象を小さな区間で区切るメッシュ作成)のような人手がかかる事前準備の必要がない

たとえば、空気や水の流れは下の図のようなニューラルネットワークの構成でシミュレーション可能です。 左端の入力層には、t,x,y,zは時間とxyzの3次元空間の情報が入力され、出力層にはc,d,u,v,w,pといった流れの速さや圧力を表すシミュレーション結果が出力されます。右端のe1からe6は損失関数になります。

流れをシミュレーションするためのニューラルネットワークの例 資料1)より

構造物に力を加えて変形や内部の応力を求めるには、下図のようなニューラルネットワークを構成します。 流れのシミュレーションと同様に左端のx,yはxyの2次元空間の情報を表す入力層となり、出力層には、Ux,Uy,σx,σyといった変位や応力などのシミュレーション結果が出力されます。右端のLは損失関数を表します。  
構造物に力を加えるときに発生する変位と応力を求めるニューラルネットワーク 資料2)より

このように、物理法則をガイドにしたシミュレーションを実施するためには以下の設定が必要となります。

  • 物理法則をガイドにするための物理方程式の定義情報
  • 形状定義データやシミュレーション範囲とその定義情報としての境界条件の設定
  • 状況により、一部の物理データ、実験や観測結果データ

PINNsの利点と留意点

PINNsの利点

物理方程式を使用する対象としては、空間内外の場を求める流体問題や磁場問題、地震工学など様々な分野を想定しています。 シミュレーショにPINNsを用いることには、従来の数値計算手法に比べて以下のようなメリットがあります。

  • 高速な計算 従来の数値計算手法に比べ、ニューラルネットワークを使用したPINNsは高速な計算が可能です。
    物理法則で規定された重みをニューラルネットに配分することで、学習データだけでなく物理法則に基づいた制約条件も加味されるため、高精度の予測・モデリングが可能になります。

  • 高精度な予測・モデリング:PINNsは、物理法則に基づいて学習するため、高精度な予測・モデリングが可能です。従来のサロゲート手法に比べても、計算誤差が少なく、より正確な結果を得ることができます。

  • 学習データ量の削減:PINNsは、従来の数値計算手法に比べ、学習データ量を削減することができます。物理法則に基づく制約条件が加味されるため、学習データが不足している場合でも、高精度な予測・モデリングが可能です。

いかがです?PINNsを使ってみたくなりましたか?

ただし、PINNsを使用するためには、以下の要件を満たす必要があります。

  • 物理法則を表現可能である:物理法則が微分方程式などの形式で表現されている必要があります。ニューラルネットワークに配分するためには、 微分方程式を損失関数の形式に記述する必要があります。

  • 学習データを準備する:物理現象を表すデータが存在する場合は、そのデータを使用するとより精度を向上させることができます。そのために、実験や数値シミュレーションの結果をニューラルネットワークの学習にデータとして準備する必要があります。そこに物理法則に基づく制約条件を加味してモデリングと予測を行うことができます。

  • ニューラルネットワークを設計可能:ニューラルネットワークのアーキテクチャを設計する必要があります。物理法則を表す方程式をネットワークに配分する方法や、活性化関数の選定などが重要なポイントとなります。

PINNs使用のための留意点

PINNsを使用する際には、以下の留意点に注意する必要があります。

  • ハイパーパラメータの調整:ニューラルネットワークの学習には、ハイパーパラメータの調整が必要です。PINNsでも同様に、適切なハイパーパラメータを設定することが重要です。

  • モデルの解釈性:PINNsは、ニューラルネットワークを使用するため、モデルの解釈性が低くなることがあります。物理法則に基づいた制約条件が加味されるため、モデルの解釈性が向上する場合もありますが、結果についての洞察力は要求されます。

以上、PINNsについて概要をご紹介してきました。PINNsは、物理現象の予測やモデリングに優れた手法であり、今後も多方面に渡る応用が期待されています。

次回はPINNsを使用してどのようなシミュレーションができるかをご紹介したいと思います。

参考資料:
1)"Hidden Fluid Mechanics: A Navier-Stokes Informed Deep Learning Framework for Assimilating Flow Visualization Data" 2018 , Maziar Raissi, Alireza Yazdani, George Em Karniadakis(Brown Univ.)
2)"A deep learning framework for solution and discovery in solid mechanics" 2020 , Ehsan Haghighata(MIT), Maziar Raissi(Colorado Univ.)他

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筆者
AIコンサルティンググループ コンサルタント
飯干 茂義
JSAE正会員、JDLA 2020#1